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プロフィール
北田康広の写真
ピアニスト&バリトン歌手

1965年徳島県生まれ。未熟児網膜症と医療ミスが重なり5歳で失明。徳島県立盲学校在校中、12年間の寮生活を経験。10歳のとき両親が離婚。多くの苦しみを不屈の精神で乗り越え、心の支えとなっていた音楽を学ぶために上京。筑波大学附属盲学校専攻科音楽科を経て、武蔵野音楽大学ピアノ科を首席で卒業。

ピアノを、足立勤一、故若尾輝子、マックス・マルティン・シュタインの諸氏に師事。
歌を、人見共、新垣勉、中山文雄の諸氏に師事。

筑波大学附属盲学校専攻科音楽科卒。
武蔵野音楽大学ピアノ科卒。
東京バプテスト神学校神学科卒。
第31回ヘレン・ケラー記念音楽コンクール第1位受賞。
第18回全国身障者スポーツ大会陸上競技2種目で金メダル獲得(大会新記録樹立)
1993年イースター日本バプテスト連盟所沢キリスト教会にて受洗。
マスコミ掲載記事など

  • フジテレビ系列「奇跡体験!アンビリバボー」で全国放映!
  • 詳細は↓
  • http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/p28フジテレビ7_2.html
  • 愛知県人権週間啓発事業CMに出演!詳細は↓
  • http://www.pref.aichi.jp/jinken/keihatsu/week_05/index.html
  • TBSラジオ「人権TODAY」〜「中村尚登 ニュースプラザ」
  • JFN「THE VOICE」(FMラジオ)
  • 朝日新聞「ピープル」 詳細は↓
  • http://www.asahi.com/offtime/music/TKY200502120184.html
  • ハーベスト・タイムTV番組出演(2回)・・・2007年2月第2週(スタジオでのインタビュー)&2007年3月第2週(お茶の水クリスチャンセンターでのコンサート)
  • 週刊女性「人間ドキュメント」
  • サンデー毎日「News Navi」
  • 月刊MOKU「特集〈研ぐ〉〜私に与えられた音楽と障害〜」
  • 点字毎日「転機を越えて」
  • 読売新聞
  • ショパン
  • 英字新聞Catch a Wave「People」
  • クリスチャン新聞「この人、この証し」
  • こころの友「この人を訪ねて」
  • カトリック新聞
  • 音楽のまち・かわさき
  • 教育新聞「特集:日本の伝統・文化を未来につなぐ」
  • PLASMA「Follow Me」
  • 佼成
  • 房総時事新聞
  • 他、各種新聞・雑誌等に多数掲載。

北田 康広
  Yasuhiro Kitada
◆失明・家族の崩壊・・・未熟児網膜症で生まれ、医者の不手際により5歳で失明。今もわずかに光を感じるだけの視力しかない。医者に治らないと宣告されても諦めきれない母親は、息子の目が見えるようになるならと、ありとあらゆる宗教にすがり、お金を注ぎ込んでいく。一方父親は養鯉業で一攫千金してから金の亡者になっていく。毎晩飲んで帰っては罵声を上げる父と母の悲鳴。幼少時の北田は押入れで震える毎日。そして10歳の時、母親は無一文で追い出され、すぐに二番目の母親が家に入り込み、いびりが始まった。やがて妹は実母のもとで美容師に・・しかし、荒んだ生活が原因で今も治療生活を続けている。
6歳で盲学校に入学。13年間の寮生活。心の鬱憤を音の出るあらゆる楽器にぶつける毎日。音楽だけが友達だった学生生活。いつも苛められた苦い過去。「自分だけがどうして・・・。」ぶつけるところのない苛立ちばかりが募る孤独な日々を過ごした。しかし転機が!・・・
高校入学と同時に転任してきた吉村先生がいち早くその音楽の才能を見出し、しかも生徒としてではなく、一人の対等な人間として語りかけ、親身に耳を傾け、音楽をもっと伸ばすことを勧めてくださった。そこで得た自信と自己肯定が一つのターニングポイントとなり暗く閉ざされた心に希望の光が差し込むのを感じた。
◆新垣勉氏との出会い・・・
徳島県立盲学校から全盲学生初の進学。武蔵野音楽大学ピアノ科に入学。初めて見える者ばかりの世界を経験し、自分の目が見えないことを本当の意味で実感。暗闇のどん底に突き落とされたような無力感と挫折感に打ちのめされたその時、第二の運命的な出会いを迎えた。入学試験の時一緒になった年上の視覚障害者、新垣勉氏との出会い。共通点の多い境遇、そして音楽が二人を強く結びつけていった。
◆母親との再会・・・
母は辛いどん底の生活から這い上がり、美容師の資格を得て徳島で小さな美容室を開業。息子に逢うことだけを夢見て、昼は美容室、夜はスナックという働き詰めの生活を送っていた。息子の大学卒業を機に上京し、20年目にして再会を果たした。
父親の死・・・
2002年10月、18年ぶりに、「いのちの電話」主催のコンサート出演で徳島に行った際、父親との再会が叶った。和解したのも束の間、2005年6月突然の訃報が・・・。脳溢血だった。借金しか残さなかった父。実家も他人の手に渡り、形見は二つの石だけ。それは手先の器用だった父が川で拾って細工したもの。葬儀は、毛嫌いしていたキリスト教式だった。司式は盲学校時代の恩師、吉村孝雄先生。今は徳島聖書キリスト集会の主宰者。
◆アルバム発売・・・
2003年の「ことりがそらを」につづくセカンドアルバムを2005年8月に発売。父親の死を通して学んだこと、世界平和への祈り、子供達へのメッセージ等々、多くの祈りや希望を込めた入魂の作品に仕上がっている。ぜひ多くの方々に聴いていただきたいと願っている。

【人権啓発ポスター】
(愛知県人権週間啓発事業)
一人一人ちがって、
ひとつになれる
人間っていいね
人権週間のポスター








♪ 顔がちがっていいね 声がちがっていいね みんなひとつになれるから
人間っていいね 人間っていいね みんなひとつになれるから♪

 
私たちは、生まれたときから一人ひとり顔も声も違います。
お互いの個性を認め合い、一緒に歌うことによって、あたたかな、ひとつのハーモニーが生まれます。
社会においても、同じことです。
誰もが自分らしく生きていくこと、それぞれがお互いの違いを認め合い、共に生きることによって、あたたかなハーモニー(心豊かな社会)を実現することができるのです。
誰にでも、自分にしかできないことがあります。
みんな、かけがえのない一人ひとり。お互いの違いを認め合える社会を。

最新
コンサート情報
コンサート日記
2007年12月16日(日)町田市民ホールでひかりの子保育園主催のクリスマスコンサートがありました。とても温かく迎えてくださり、終了後のCD売場には長蛇の列が・・・。たくさんの人々に支えられ応援していただき、励まされ活力を与えられた一日でした。

2007年8月31日(金)さいたま市の養護施設「アコルト」で戦争体験の語り部とジョイント。新しい企画でしたが、これからも、平和を願うコンサート活動の一環として続けていきたいと思った夜でした。

2007年6月30日(土)、大阪堺市の、ビッグ・アイ国際障害者交流センターに行ってきました。1500人収容の大ホール。種々の障害に対応した施設で、随所にバリアフリー対策が施されていました、その晩は、本場のお好み焼きとたこ焼きを食べて、施設内の和室に宿泊。障害者料金まで設定されていました。(A)